済世顧問制度

 

岡山県に創設された済世顧問制度:大正61917)年

 

エピソード(1)

大正51916)年5月,宮中で開催された地方長官会議の場で、当時の岡山県知事であった笠井信一氏は、大正天皇から「県下の貧民の状況はどうか」との御下問を受けた。

笠井知事はすぐに岡山県内の貧困者の実情を調査し,悲惨な生活状態にある者が県民の一割に達していることが判明した。この事態の重大さに同知事は、日夜研究を重ね、ドイツのエルバーフェルト市で行われていた「救貧委員制度」を参考にして、大正61917)年5月、「済世顧問設置規定」を公布、民生委員制度の源と言われる済世顧問制度が生まれた。

 資料 全国社会福祉協議会『民生委員制度40年史』

 

この制度は,現在の民生委員制度とその精神においては基本的に一致するものであるが、  その特徴は、県内の市町村行政区域を基本とし篤志家を厳選簡抜して知事が委嘱し、少数有為の済世顧問が貧困者の相談相手となり、精神的感化と物質上の斡旋等の方法によって、あくまでも防貧活動を推進しようとしたものであった。